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「み」から始まる言葉
耳障りな忠告
読み:みみざわりなちゅうこく
聞く人にとって不快感や苛立ちを覚えさせるような、耳に痛い助言や忠告のこと。相手のためを思って発せられた言葉であっても、表現が厳しかったり、自分の欠点を指摘されたりすることで、素直に受け入れがたいと感じる心理状態を指す。単なる批判とは異なり、改善を促す意図が含まれる場合が多い。
耳にタコができる
読み:みみにたこができる
同じ話を何度も繰り返し聞かされて、うんざりするほど聞き飽きる様子を指す慣用句です。相手から何度も同じ忠告や自慢話などを聞かされた際に、耳のなかにタコができるという身体的な変化にたとえて表現されます。
耳寄り
読み:みみより
聞いて損のないこと、あるいは聞いて得になるような価値のある情報を指す言葉です。主に相手にとって有益なニュースや、興味を引くような話題を伝える際に用いられます。単なる噂話ではなく、相手が喜ぶであろう情報や、知っておくと役に立つ事柄というニュアンスが含まれるのが特徴です。
耳よりな話
読み:みみよりなおはなし
聞いて損はない有益な情報や、知ると得をする嬉しいニュースなどを意味する表現です。主に日常会話やビジネスシーンにおいて、相手の興味を惹きつける前置きとして使われ、秘匿性の高い情報や価値のある知らせを伝える際に用いられます。
耳よりな情報
読み:みみよりなじょうほう
聞いて損のない、非常に有益で興味深い知らせのこと。本人にとって利益になることや、他人がまだ知らない秘密のニュースなどを手に入れた際に用いられる表現であり、ビジネスや日常会話において相手の関心を惹きつけるためによく使われます。
耳寄りな情報
読み:みみよりなじょうほう
聞いて損はない有益な知らせや、自分にとって都合の良い得する情報のことを指します。主に、他人がまだ知らないような価値のあるニュースや、商売・生活に役立つお得な話を伝える際に用いられる表現です。
耳を疑う
読み:みみをうたがう
聞いて知ったことが信じられないほど意外である様子や、思いがけない知らせに驚き呆れる状態を表す表現です。事実とは到底思えないような信じがたい噂やニュースに直面した際、自分の聴覚やその情報の真偽を疑うような驚きの感情を伝えます。
耳を貸す
読み:みみをかす
他人の意見や相談に対して、関心を持って聞こうとする姿勢や、実際に話を聞き入れることを意味する慣用句です。単に音として聞くのではなく、相手の言葉を尊重し、受け入れる余地があるというニュアンスが含まれます。主にアドバイスや忠告を求める際や、相手の主張を検討する場面で用いられます。
耳を傾ける
読み:みみをかたむける
相手の話や意見に対して、注意深く熱心に聞こうとする姿勢を表す慣用句です。単に音を聞くのではなく、相手の意図や感情を理解しようとする能動的な態度を指します。ビジネスシーンでは相手を尊重する姿勢を示すために用いられ、日常会話では相談事や悩みを聞く際にも使われる、非常に汎用性の高い表現です。
耳を揃えて返す
読み:みみをそろえてかえす
借りたお金などを、ごまかすことなく全額まとめて綺麗に返済する様子を表す慣用句です。一部だけではなく、不足分を残さずすべて支払うという強制や完了のニュアンスを伴って用いられることが多く、金銭トラブルや債務の清算といった文脈でよく使われます。
耳を揃える
読み:みみをそろえる
金銭などを全額過不足なくきちんと用意して支払うさまを意味する表現です。借金や支払いなどをすべて綺麗に完済する場面で用いられ、必要な金額を不足なく揃えるという状況を表します。
身悶えする
読み:みもだえする
苦痛や激しい感情、あるいは強い快感などのために、体をよじったり曲げたりして苦しむ様子を指します。単に肉体的な痛みだけでなく、精神的な葛藤や悶々とした焦燥感、あるいは耐えがたいほどの興奮状態を表す際にも用いられる表現です。身体的な動きを伴う激しい感情の昂ぶりを強調する際に適した言葉です。
身も蓋もない
読み:みもふたもない
表現や言い方に配慮がなく、事実や本質をそのまま露骨に言い表すことで、話の面白みや情緒、オブラートに包むような風情がすっかり失われてしまう様子を表す言葉です。婉曲的な表現や建前を無視して、身も蓋もない現実を突きつける場面などでよく使われます。
雅やか
読み:みやびやか
上品で洗練されており、風情や情緒が感じられる様子を指す言葉です。単に美しいだけでなく、古風な趣や優雅な気品が漂うさまを表現する際に用いられます。主に芸術、文化、あるいは立ち居振る舞いや服装など、洗練された美意識が求められる場面で高く評価される形容詞です。
妙味
読み:みょうみ
ある物事の中に含まれる、独特の面白さや味わい、あるいはその事柄が持つ本来の価値や醍醐味を指す言葉です。単なる楽しさだけでなく、深みや趣、その対象特有の魅力といったニュアンスが含まれます。文脈によって「面白み」「真価」「醍醐味」などと置き換えることができ、対象の奥深さを表現する際に用いられる洗練された表現です。
身寄り
読み:みより
自分を支えてくれる血縁者や親族のこと。特に、生活上の助けとなる家族や親戚を指すことが多い。現代では、天涯孤独の状態や、頼れる親族がいない状況を説明する際に「身寄りがない」という形で用いられるのが一般的である。
ミライ
読み:みらい
現在から見て、これからやってくる時間や時期のこと。また、その時期に起こる事柄や状態を指す。単なる時間経過だけでなく、希望や展望、期待を込めた文脈で用いられることが多い。日常会話からビジネスの戦略立案まで幅広く使われる言葉である。
未来
読み:みらい
現在から見て、これから来る時間や時期のこと。また、その時期に起こる出来事や状態を指します。単に時間の経過を意味するだけでなく、希望や展望、あるいは予測される結果といったニュアンスを含んで使われることが多い言葉です。日常会話からビジネスの戦略立案まで、幅広い文脈で用いられます。
未利用のまま
読み:みりようのまま
確保や取得をしたものの、本来の目的のために活用されず放置されている状態を指します。資源や設備、土地、データなどが眠ったままになっていることを表し、ビジネスシーンでは非効率な状況に対する改善や有効活用の文脈でよく使われます。
魅力的
読み:みりょくてき
人の心をひきつけて夢中にさせるようなさま。相手に強い好ましさや興味を感じさせる様子を表す言葉であり、外見や能力、雰囲気などが非常に優れていて好ましいと感じられるときに広く用いられます。
見る
読み:みる
対象に視覚を向けてその状態や内容を認識すること。単に視線を向けるだけでなく、観察する、調査する、判断する、あるいは体験するといった幅広い意味を含んで用いられる。文脈に応じて、視覚的な知覚から、事態の把握、将来の予測、あるいは世話をするといった行動まで多岐にわたる解釈が可能な動詞である。
覧る
読み:みる
書物や資料、あるいは展示物などに目を通すことを意味する表現です。単に視覚的に捉えるだけでなく、内容を確認したり、鑑賞したりといった能動的な動作を指します。現代の日常会話ではあまり使われませんが、展覧会や資料の閲覧といった特定の文脈において、対象を丁寧に観察するニュアンスを込めて用いられることがあります。
未練たらたら
読み:みれんたらたら
ある物事や人に対して、いつまでも執着し、諦めきれない様子を強調して表す言葉です。単に「未練がある」と言うよりも、その感情が強く、見苦しいほどに引きずっているという否定的なニュアンスが含まれることが多く、日常会話や感情的な文脈で用いられます。
魅惑的
読み:みわくてき
人の心を強く引きつけ、夢中にさせるような様子を指す言葉です。単に外見が美しいだけでなく、神秘的な雰囲気や抗いがたい魅力によって、相手を惹きつけて離さない状態を表現します。芸術作品や人物の佇まい、あるいは特定の場所が持つ独特の引力に対して使われることが多く、ポジティブで強い感情を伴う評価として用いられます。
魅惑的な
読み:みわくてきな
人の心を引きつけ、強く惹きつけるような様子を指す言葉です。単に美しいだけでなく、神秘的な雰囲気や抗いがたい魅力によって、相手を夢中にさせるようなニュアンスが含まれます。人や物、場所など対象を問わず、相手の注意を釘付けにし、心を奪ってしまうような強い引力を持つ状態を表現する際に用いられます。
身を預ける
読み:みをあずける
自分の体重や動作の主導権を相手や物に完全に任せること。物理的に寄りかかる動作だけでなく、信頼してすべてを委ねるという心理的な意味合いでも用いられる。相手のサポートを全面的に受け入れる姿勢や、リラックスして身を委ねる様子を指す表現である。
身を切る思い
読み:みをおきるおもい
自分自身が大きな犠牲を払ったり、非常に痛みを伴う決断をしたりする様子を表す言葉です。愛着のあるものや大切な利益を手放す際の、精神的な苦痛や辛さを強調する際によく用いられます。
身を削る
読み:みをけずる
自分の体力や財産、時間などを極限まで犠牲にして、物事に尽くすこと。非常に大きな労力や痛みを伴いながら、何かを成し遂げようとする状態を表します。
身を削る思い
読み:みをけずるおもい
自分の財産や体力、精神力などを著しく犠牲にして、非常に苦しい状況の中で努力や苦労を重ねるさまを表す表現です。限界を超えた負担を強いられながらも、強い責任感や使命感を持って物事に取り組む痛切な心情を指します。
身を粉にして働く
読み:みをこにしてはたらく
自分の利益や安楽を省みず、他人のためや目標の達成に向けて、肉体的にも精神的にも限界まで労力を注ぎ込んで懸命に労働する様子を表す表現です。骨身を惜しまず、自己を犠牲にしてでも懸命に物事に取り組む強い姿勢を示します。